2016年12月7日水曜日

サーフィン、してますか?

ある日の救急外来

若い呼吸困難の受診
全身の発赤、顔面浮腫を伴っておりアナフィラキシーの診断
特記すべき既往症はなかったが、サーフィンが趣味

だから何だと言いたいところだが・・・


納豆アレルギーの話

IgE介在性アレルギーだが、摂取後約半日も経過してから突如発症する、late-onset anaphylaxis
報告例の75%がショックにまで進展
原因のアレルゲンは、大豆そのものではなくネバネバに含まれる「poly-γ-グルタミン酸(PGA)」という物質。
最近では納豆以外の食品、健康サプリメントや香粧品の添加物としても使用されており、実は身近なもの。
1)猪又直子「納豆アレルギー」MB Derma,229:49-55,2015.

サーフィンと納豆アレルギーがどう結びつくかだが、
この報告は、サーファーなどマリンスポーツ愛好家に多く、クラゲPGAによる経皮感作が示唆されているもの。
本症例も複数回のクラゲ刺咬歴があり、前日の夕食で納豆を摂取していた。

納豆、恐るべし・・・サーファーは納豆NG?!

詳細は・・・第628回日本内科学会関東地方会演題


サーファーに関連した話をもう一つ。

サーフィン初心者に発症する非外傷性脊髄損傷、「Surfer's myelopathy」
サーフボード上で腹這いになり背部を過伸展することで下位胸髄に虚血を生じ、対麻痺、膀胱直腸障害などを呈すると考えられているが、背景因子の関与など不明な点が多い。
最初の報告は2004年のThompsonらに始まり、2016年前半までに67例の報告がある。

神経内科医の田代先生が自らのご経験を踏まえ、この疾患についての認識を広めようと尽力されている。
2)田代淳、飛騨一利 神経内科医が経験したsurfer's myelopathy. 脊椎脊髄29(8):770-775,2016.
3)Thompson TP et al: Surfer's myelopathy. Spine29:E353-356,2004.



2016年12月1日木曜日

呼吸困難感?!

病院カルテやWeb、書籍などでも、「呼吸困難感」という表現を目にすることがある。
呼吸困難感・・・学生時代、ベッドサイドでご指導いただいたことを思い出しながら・・・。


自覚症状」と「他覚所見
自覚症状、いわゆる臨床症状だが、痛み、かゆみ、しびれなど、その個人だけにしかわからない感覚であり、絶対的尺度では測定できない。同じ力で叩かれても、痛みの感じ方は人それぞれ違うのだから、他人と比較しても、そもそも意味をなさないものである。
一方、他覚所見は測定可能な指標であり、体温や血圧、脈拍などのいわゆるバイタルサインなどで、比較検討が可能なものである。


呼吸困難」と「呼吸不全
呼吸困難とは、息苦しさ、呼吸がしにくい感じがすることである。つまり自覚症状なので、そこに絶対的基準や指標はない。その人が”苦しい”と感じていれば”呼吸困難あり”である。
一方、呼吸不全は肺機能の低下を意味し、酸素・二酸化炭素のガス交換がうまく行われないことを意味する。動脈血液ガス検査の結果などでⅠ型、Ⅱ型と分類され(そのように定義され)、絶対的指標があり、別の人との比較検討も可能な他覚所見である。
つまり、すでにお気づきと思われるが、呼吸困難と呼吸不全は全く別のことであり、呼吸困難があっても呼吸不全があるとは限らず、呼吸不全があっても呼吸困難があるとは限らない。


話を戻すと・・・
呼吸困難と呼吸不全は、混同されて使用される場合が多く、その結果行きついた先が「呼吸困難感」という表現だろう。
呼吸困難感という表現を使う人は、恐らく”呼吸不全のような感じ”(=呼吸困難)という意図で無意識に使用しているのだと思われる。言葉は人や時代により”ゆらぐ”ものだが、これが用語の問題ではなくて概念の混同であるならば、修正が必要である。

「呼吸困難感」をみると、”頭痛が痛くなる”。


2016年11月10日木曜日

喀痰の色は診断に有用?

外来診療をしていると、患者さんが 「黄色い痰が出ている」 とか、「痰が緑色でした」 という理由で抗生剤を希望される場合があります。白血球分画を色分けできないように、喀痰の色で細菌性かどうかは判断できないと説明してきましたが・・・
そこで、今回は喀痰の色のお話し。


教科書的には・・・

原因菌ないしは疾患名
痰の特徴
肺炎球菌性肺炎
鉄さび色ないしは黄色粘稠痰
Klebsiella pneumoniae
褐色調
Haemophilus influenzae
黄色
Pseudomonas aeruginosa
緑色
Bacteroides fragilis
膿性(腐敗臭)
肺吸虫症
暗褐色、血性

このように習いました。
「 緑色の痰なので緑膿菌が原因 」 だなんて、すごくわかりやすい。
これならグラム染色や培養も不要・・・というようなわけには行くはずもありません。
おまけに膿性の鼻汁や喀痰はウイルス感染症でもよく見られ、膿性であることが細菌の存在を示すものでないことはご承知の通りです。


慢性呼吸器疾患がない場合
喀痰の色と細菌感染との関連性を見出すことはできません。

急性咳嗽の患者での黄色ないしは緑色の喀痰は、細菌感染症の診断に対して、
sensitivity 0.79 (95% CI 0.63-0.94)
specificity 0.46 (95% CI 0.038-0.53)
positive predictive value 16% (95% CI 13%-18%)
という前向きコホート研究があります。
Altiner A, et al. Sputum colour for diagnosis of a bacterial infection in patients with acute cough. Scand J Prim Health Care. 2009; 27(2): 70–73.


慢性呼吸器疾患患者の場合
急性増悪時の緑色ないしは黄色の喀痰は、細菌感染との関連が示唆されるようです。

慢性気管支炎の急性増悪4089例を対象とした後ろ向きコホート分析によると、喀痰培養とグラム染色による病原菌陽性率は46.4%であり、培養が陽性であった喀痰は、緑色(58.9%)、黄色(45.5%)、さび色(39%)、透明(18%)であった。細菌感染の予測として、緑ないしは黄色の喀痰は感度94.7%だが、特異度は15%と低い。
Miravitlles M, et al. Sputum colour and bacteria in chronic bronchitis exacerbations: a pooled analysis. Eur Respir J. 2012 Jun;39(6):1354-60.


そもそも論・・・Mandell大先生によると
市中肺炎の入院患者においても、40-60%は喀痰が得られず、仮に得られたとしてもそのうちの40-60%は口腔咽頭の常在菌の混入のため、検体として不適切と判断される。また多くの患者が、検査前にすでに抗生剤を投与されており、診断率を下げる大きな要因となっている。
感度、特異度に関する問題はさておき、喀痰検査・培養が肺炎をはじめとした呼吸器感染症の臨床検査の主流であることに変わりはない。非侵襲的かつ簡便であり、適切な条件下で行えば診断的にも経験的治療にも助けとなるのが喀痰グラム染色、喀痰培養検査であることを再確認したい。
Principles and Practice of Infectious Diseases Eighth Edition


~流儀~
「喀痰の色」のみで細菌感染症と判断するには根拠が乏しく、喀痰の性状、量、平時からの変化に加え、基礎疾患の有無やそのほかの身体所見など総合的に判断することが肝要である。